放置されて久しい、山の上にある公園。
雑草が生い茂り、遊具は錆ついてろくに遊べないそこで、
ぼくとA、B、Cの仲良し4人組はよく、何をするでもなくただただ過ごしていました。
動かないブランコやらシーソーに腰をかけてしゃべったりするだけで、楽しかったのです。
一学期の終業式を終えて、その日も、ぼくたちはその公園に集まっていました。
ランドセルをそのへんに放り投げ、きょう学校であったことや、好きなゲームのことなんかの、
どこの小学生でもするような、とりとめのない雑談に興じていました。
やがて、空が暗くなり、ポツポツと雨が降りだしました。
「これは駄目だ、じきに大雨になりそう。ちょっと早いけど、もう帰ろうか」
誰が言い出したでもなくそんな話になり、風邪気味だったぼくは
それもそうだ、と一番に賛成したのですが……。
傘をさして、反対の手で雑草を掻き分け、正規の出入り口ではない藪を通って
山腹の一般道へ出ようとしたあたりで、ぼくは、公園に折り畳み傘を忘れてきたことに
気づきます。それは今差しているふつうの傘とは別のもので、
ずっと置き傘として学校のロッカーに入れてあったんだけど、夏休みに入るので
きょう持って帰ることにした傘です。
取りに戻りたい旨を告げると、まったくしょうがないなあ、なんて笑いながら、
雨でぬれた雑草を再び掻き分けて、みんなわざわざついてきてくれました。
もう誰もいない公園管理所の廃墟の玄関先に、ぼくはぼくの置き傘を見つけます。
していたマスクが、差している傘の持ち手に引っ掛かり、顔から外れて地面に落ちました。
それに気付く前に一歩踏み出してしまっていた足で、ぼくはマスクを踏んでしまいます。
靴に絡まって、取ろうとしてもなかなか上手くいかないそれを見て、Aが
「マス靴」
とかくだらないことを何度も言うので、ぼくはすこし腹を立てながらも
BとCと一緒に大笑いしました。
さて、再び公園を出て、道路を歩き、私有地を勝手に通って帰る途中。
ぼくは、折り畳み傘を持っていないことに気がつきます。さっき取りに戻った時は、
マスクの一件があったせいで、結局また忘れたまま公園を出てしまったようなのです。
申し訳ないながらもその旨を告げると、なんだよまたかよ、馬鹿だなあ、なんて
からかいながらも、公園に戻る僕に、またみんなついてきてくれました。
けれど、塾の時間に間に合わないからといって、Aはそのまま帰ってしまいました。
雨はいつの間にかあがっていました。
再び公園に入り、傘の元へ向かう途中、Bが驚いた声をあげます。
はしゃぐBの元にCと一緒に向かうと、そこには子どものヒザの高さくらいまである、
とても大きなカマキリが、カマを持ち上げて、羽をめいっぱいに開いて、こちらを威嚇していました。
「こんなに大きいカマキリははじめて見た!」
「今度来るときは虫取り網持ってこようぜ」
なんて会話をしながらぼくたちは公園を後にしました。
道を途中で逸れ、獣道に入り込み、ゆるやかな傾斜を下ってようやく山を降り切ったところで
ぼくはやっぱり、折り畳み傘を忘れてきたままだということに気づくのです。
ほんとうに悪いんだけど、傘を取りにもどるから、2人は先に帰ってて、と言うと
それでもCだけはついてきてくれました。
けれど、ここから家が遠いBは、急いで帰りたいと言って帰ってしまいました。
空はきれいに晴れ渡り、まぶしい日差しに目がくらむほどでした。
今来たばかりの道を引き返し、山を登りながらぼくはひとり考えていました。
こんなに何度も、同じ忘れ物をすることって、果たしてあるのだろうか?
不思議だなあ……と。
Cがついてくる足音が、すぐ後ろから聞こえてきます。
何度も忘れて、みんなには本当に、迷惑をかけてしまった。明日からは夏休みだけど、
次に会ったらちゃんと謝ろう。それにしても、Cはやさしいなあ……。
そこでふいにつまずいて、その場で転んでしまうぼく。
咄嗟に手をついたおかげで、手の平をすりむいてしまいこそしましたが、
眼前にはコンクリートの階段です。
もしも手をついてなかったら、頭をぶつけて大けがをしていたことだろう……。
ぼくはそんなことを考えながらも、心配して駆けのぼってきてくれたCに、
大丈夫だよと告げて立ち上がります。
……コンクリートの階段?
そんなものはなかったはずです。
ぼくたちが登っていたのは、何もない獣道のはず。
……ふと周りを見渡すと、木々はそのほとんどが切り株になっていて、
お祭りで使うような真っ赤なのぼり旗が、ぼくがこれから向かう先へと
きれいに並んで立っていました。
驚いてCのほうへ振り替えると、
そこには、繊細なフリルのドレスとカチューシャを身につけ
大きな傘をさして、長い栗色の髪の毛をなびかせて微笑む、同世代くらいの女の子。
そこにいたはずの、黒い服にベージュのズボンをはいていたCは、どこにもいません。
「お前は誰だ」
という言葉が喉まで出かかりましたが、何故か絶対言ってはいけない気がして、飲み込みます。
言いようのない恐怖感に襲われたぼくは何も言わず向き直り、
悲鳴すらも出ないままに、その子をそこに残して必死に階段を駆け上がりました。
草が生い茂る、公園があったはずのそこは、きれいに舗装されただだっ広い広場に
なっていました。その周囲を取り囲むように、さっきののぼり旗がぎっしりと並んでいます。
そして、広場の真ん中には、地下へ降りる小さな階段。
なにやらただならぬ雰囲気で、普通ならそんなことはしないはずなのに
ぼくは吸い込まれるようにその階段へ近づいていき、下を覗き込みました。
階下には、古くなったゲームセンターのような場所が、うっすらと見えました。
「……気がついちゃったみたいだね。」
耳元で声がします。
いつの間にか、例のピンクの服の女の子が、ぼくの後ろに立っていました。
見てくれはなんてことのない普通の少女なのですが、
何故だか彼女の微笑みが、ぼくにはひどく恐ろしいものに感じられて仕方ありません。
逃げ出そうとしたけれど、ぼくの両手を彼女はしっかりと握っています。
ぼくは彼女の促すがままに、仕方なく、その階段を降りて行きました。
こんなことなら、折り畳み傘は置いたままで、みんなと一緒に帰ればよかった……。
そのゲームセンターは、もう稼働しなくなって久しいようで、どこもかしこも、ひどくホコリを
かぶっていました。
いつもだったら、こんな場所を見つけたら、A、B、Cの3人にすぐさま教えたのだろうなあ。
そして、懐中電灯とか、お菓子とかを持って、わくわくしながらみんなで探検したのだろうなあ……。
ああ、彼らに会いたい。さっきまで一緒にいたはずなのに、もうずっと長い間
別れたままになっているような気がしてきました。
そこには、動いていないとはいえ、興味を引くゲームの筐体だってたくさんあります。
しかし、今のこの状況は、全く楽しくなどありません。ただただ怖いばかりです。
そんなものはろくに目にはいらないままに歩いていると、
足元に転がったなにかに、気がつきました。
折り畳み傘でした。
布地は破れ、骨はめちゃくちゃに折れて、もはや原形をとどめておらず、
おまけに、その場所にある他の全てのものと同じように、分厚いホコリをかぶっていましたが
それはあの、何度も忘れたぼくの折り畳み傘に間違いありませんでした。
そして
拾い上げようとしたかしないかのところで、目が覚めたのが今朝です。
すごく怖いけど、なんだか印象深いリアルな夢を見たなあ、
当然、あんな山も公園も、ゲームセンターも、現実には存在しないんだけど、
小学生のころに彼らいっしょに遊んだ、楽しい思い出を思い出すなあ、って
AやB、Cは今どこで何をしているんだろう?なんて
ぼくは夢の内容を、覚えているうちにメモ帳に書き残しておくことにしました。
そして、書いている途中で気づいたのですが
ぼくの過去の友達だと思っていたはずのAもBもCも、ほんとうは存在しないのです。
小学生のころ、本当に友達だったのは、ピンクの服を着たあの女の子のほうでした。
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