死んだあとになにがあるか、ないしはないかというのは、
どれだけ考えたって答えは出ないけど、みんなが一度は考える話です。
ぼくも日がな考えております。こんばんは。
まあ、多分、なんもないんだろうなあと思うのです。幽霊も死後の世界も
ほんとうはなにひとつ無いんじゃないかというのが持論です。あんなゲーム作っておいて
なんなのですが。それはおいといてですよ。さておきです。
さておきという言葉が好きです。さっぱりしながらも一方では芯のある語感が良いですよね。
多分単語のなかで一番、食べたらおいしいんじゃないかと思いますが、それはさておき。
ぼくがチカゴロめっきり専ら、興味があるのは死後の世界の話ではなくて
死の瞬間にみるという、走馬灯ってあるではありませんか。あれです。
あれに興味津津なのです。意気揚々です。ポケナビ持って準備完了です。
走馬灯は、一生の記憶をダイジェストで振り返る的なものだそうですが、
ぼくはあんまり、今までの自分の人生を振り返るみたいなことには関心がありませんので、
できたらこう、見る内容を、事前に選んでおけると良いのになあって思うのです。
ぼくの茶碗は割れやすいことで有名です。
昔っから、家族みんなの茶碗のなかで、ぼくのだけはなぜか頻繁に割れました。
全ての食器がいっぺんに落ちたときですら、割れたのはぼくの茶碗とコップだけ、
みたいなことが幾度もあり、その度に、持ち主に似て軟弱なのだと罵られました。
ぼくの家では、両親はまだ結婚前から使ってる茶碗が無傷で現役だというのに
ぼくの茶碗は中学校に入るくらいには多分もう10代目くらいだったと記憶しています。
そこから先はもういちいち数えてないので分かんないのですが、つい先日もまた割れました。
で
走馬灯は、今まで使った茶碗ダイジェスト、みたいなのが見られると面白いなあと
思うのです。ああこんなんあったなあとか、そういう懐かしさを感じたい。
ぼくの人生そのものを振り返るより、よほど面白いと思うのですが、どうでしょうか。
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