酒場がありました。酒場というとお酒を出す店で、
英語では、バーといいます。バーです。
ある、おばさんの運営しているバーがありました。
しかし、そのバーも、不況のあおりを受けまして、
ちかごろめっきりお客も減って、さながら開店休業状態でした。
お客と言えば、いつ来ても安い酸っぱいブドウのパイしか注文しない、
ほとんど口も利かない、ボサボサの髪のしけた男くらいです。
いつものように、ボサボサ髪の男がやってきて、
照明のとどかないカウンター席の隅にすわります。
店主のおばさんは、彼を見るや、こんな陰気な男がいつも居るせいで
他のお客が寄り付かないんじゃないかしら、などと考えてしまいながらも、
黙って酸っぱいブドウのパイを用意しはじめました。
しかし、その日はいつもと様子が違いました。
男はパイを注文しなかったのです。
かわりに、彼は、おばさんの両手を見て、言いました。
「おい、おばさん。おばさんは商売を間違っているんじゃないだろうか?
その手はどうみても、酒場じゃなく、床屋のマスターの手だぜ。
どうだろう?一丁、その手を使って、俺の髪を切ってはくれないかい。」
突然の、意味の分からない注文におばさんは戸惑いましたが、すぐ理解しました。
そうです。何を隠そう、このおばさん、両手がハサミでできているおばさんでした。
酒場で散髪を頼まれたとて、メニューにもないし、してあげる義理はありません。
しかしおばさんは、普段無口な男が突然饒舌に話をはじめたことに気をとられ、
一理あるな、などと考えてしまいました。
そして、この場違いな注文を、受けてしまったのです。
おばさんは、男の後ろに回ると、そのボサボサ髪を、バサバサと切り始めました。
数日後。閑古鳥が鳴いていたおばさんの酒場は、散髪目当ての連中でごった返し、
ちいさな店内に入れなかった客が、表通りまであふれていました。
実はおばさんには、カリスマ美容師の資質があったようなのです。
そう。散髪をしてもらい、すっかり見違えるようなかっこいい髪型になった
あの日の元・不潔なボサボサ頭の男が、おばさんのその素晴らしいテクニックの
うわさを、みんなに広めたことが、この酒場の大盛況のひみつでした。
おばさんの酒場は、珍しい、髪を切りながらお酒の飲める酒場として、
一躍、大人気となりました。
しかし、店が繁盛しておばさんも幸せかと思いきや、いいことばかりでは
ありません。元々、おばさん1人で切り盛りしていた小さな酒場です。
客入りがすこぶる良くなった今、お客の注文を聞いて回り、料理をつくり、
お酒を出し、散髪をする、その全てを彼女だけでやるのは、最早不可能でした。
おばさんの手が回らず、店の隅々まで管理が行き届かなくなると、
その目を盗んで悪事を働く、不届き、不埒な輩も、現れ始めます。
店の金や、他の客の財布を盗んだり、賭博、喧嘩、果てには殺し。
店は、おばさんが少し目をそらせばそういったことがたちまち起こる、
まるで無法地帯のようになりつつありました。
もちろん、そんなことを許すおばさんではありません。
おばさんは、両手が鋭利な刃物でできていますから、一度はこれを使って
片っぱしから悪人を真っ二つにしてやろうかとも思いましたが、
人を殺すことは当然、したくありませんでしたし、仮にもそんなことをすれば
店の評判はガタ落ち、最早本末転倒です。
しかし、たちの悪い客を野放しにしておくわけにもいかない……。
考えに考えたおばさんは、あることを思いつきます。
普通の、両手がハサミではない人間とは、まるで逆の発想。そう、
素手だと人を殺してしまうならば、そこまで至らないような、あまり強くない武器を
持って使えばいいのです。
そう思いついてからというもの。おばさんは、木の棒を持って接客に臨み、
悪者は徹底的に、その棒でバシバシと叩きました。
はじめのうちこそ、誰もが、おばさんも喧嘩に加担しているだけと思っていましたが、
そのうちおばさんの行動は理解され始め、やがて
「あの店で悪事を働くと、おばさんに棒でたたかれる」
とのうわさがたち、店はまた、元の平和な散髪酒場にもどりました。
おしまい。っていうサクセスストーリーがあったとして、そしたら、それは、
理髪店なバーのおばさんの棒、これはすなわち、
バーバーバーのババーのバー、ですね!!!!
[2回]
PR