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2月3日

ブログの更新ボタンを押した瞬間、ぼくの部屋の壁をぶち抜いて、
入ってくる巨体。……「鬼」だ。

「お前が枡に手を入れているのが、窓から見えたからな。
 てっきり、まだマメが残っているものとばかり思っていたが」

「……やはり、本当はもう、マメは残っていないようだな」

鬼は不敵な笑みを浮かべ、語り続ける。

「フハハ……人間風情が、我ら鬼相手にブラフを張るたァ、
 笑わせてくれるじゃねえか!
 こんなに笑ったのは、来年のことを言われたとき以来だぜ
 さあ、金棒を渡してもらおうか!」

鬼たちはぼくを見据え、じりじりとこちらに近づいてきた。
マメはないが、やるしかない。

「……いけ!おまえたち!」

ぼくが手をかざすと、クチートにヤミラミ、ネコマタ、ジャアクフロスト、
電池メンにネレイド、ナッツロックル、メガトンロボ、サイバーガール、HIDEKI
(全部わかったらぼくと握手)が勢いよく飛び出し、鬼の前に立ちはだかった。

マメを持たない以上、彼らでも鬼に勝てないことは明らかだった。
しかし、今のぼくには、こうするしかなかったのだ。

「今はまっているゲームでよく使うキャラを召喚したか……
 中二病の常套手段だ」

鬼はそう言って笑い、口から勢いよく炎を吹き出した。
弱点を突かれたクチートは、みがわりを張る間もなく消えてしまった。
直後にジャアクフロストの火炎反射と、ナッツロックルのやつあたりが発動し、
鬼に直撃したものの、やはりなんのダメージも与えられていないようだ。
召喚したときから、分かりきっていた展開だった。

「そんな小手先の攻撃、痛くもかゆくもないわ!!」

部屋になだれ込んできた鬼たちが次々に攻撃を仕掛け始めた。

メガトンロボは鬼にエリアルを決められ、
吹っ飛んだメガトンロボの黒い鉄球は、HD振りのヤミラミに直撃した。
その鉄球を持ち上げようとしている間にHIDEKIは持ち上げられ、
ぼくの部屋の片隅にあるロケットにぶつけられて倒れた。

彼らが時間を稼いでいる間に、ぼくは少しずつ重砲・魔姫(エホウ・マキ)
のもとへにじり寄ろうとしていた。これさえ発射できれば、
少なくともこの場にいる鬼たちは死に、金棒も壊れて消える。

ネレイドは後ろを向いた瞬間蹴られ谷底に落ちた。
鬼の起こす地響きで表示形式をバラバラにされた電池メンたちも、
もう長くは持たないだろう。
だがぼくは、もう少しで魔姫をつかもうというところまで来ていた。

青い鬼の放った氷のパンチで、猛反撃を出す間もなくネコマタが力尽きた。
あと少し……!鬼に気づかれないよう、ぼくは慎重に魔姫に手を触れた。



ぼくが魔姫に触れ、その指でしっかり握り締めようとした、まさにその瞬間、
最後の希望だった必殺の大砲はメキメキと音を立て、
ぼくの視界は黄色と黒のシマ模様に奪われた。
鬼の1人がぼくの動向に気づき、重砲魔姫を踏み潰したのだ。
シマ模様は鬼のパンツだった。いいパンツだと歌にもあったが、
あながち嘘ではなく、縫い目は丁寧で、鬼の名前のアップリケがされていた。
「残念だったなあ、人間よ!」
そう叫ぶと、鬼は腕を振り上げた。逃げようとしたが、
左手が魔姫と一緒に踏みつけられているため、身動きがとれない。

もう駄目だ、と覚悟をきめたその時、鬼の背後から
サイバーガールがカニバサミを構えて飛び掛った。
倒すことはできずとも、振り上げられた腕を切り落とすことさえ
できれば……!一瞬そう期待したものの、鬼はそれをヒラリとかわし、
対象を失ったカニバサミは、勢い余ってぼくの左腕を切り落としてしまった。
ネジや歯車が切り口から跳ね、辺りに散らばる。
サイバーガールは着地した瞬間、
チェイサーという叫びと共にタンスの裏から飛んできた
太いビームにやられ、消えてしまっていた。

しかし、不幸中の幸いか、鬼に踏まれていた手が体から切り離されたため、
ぼくの体は自由になっていた。まずこの場から逃げようと、
ぼくはドアのほうに向かって走りだした。

だが、数歩もしないうちにぼくは別の鬼にぶつかった。
見ると、喚びだした精鋭たちの姿は最早どこにもなく、
ぼくの部屋は既に、鬼たちに制圧されてしまっていた。
それならば……

「ライトニング・バトッ……」

最後まで叫ばないうちに、ぼくは左肩に黒い布をかぶせられ、
首根っこをつかまれた。ぼくの体は宙吊りになり、
ぼくは苦しいあまり、咄嗟に残った右手で首元を押さえた。
右手に持っていた袋が床に落ち、スーパーボールが部屋中に飛び散る。

「キサマがライトニングバトルを扱うことは知っている!
 残念ながら我々全員、キサマのサイトはブックマークにいれて
 毎日欠かさず見ているのでなァ!!クロゥズドクロス良かったよ!」

鬼たちは吊られたぼくを囲み、ゲラゲラと笑った。

「おっと、こいつもだな」

ぼくの背中のガスボンベに、なにやら詰め物をされた。

「プロミネンスバトルに持ち込まれても厄介なんでな!
 あ、あと、しりとりも無駄だぜ!?そのくらい、我々も練習済みだ!」

どうにかしりとりに持ち込んで、相手にマで終わる言葉を言わせようと
考えていたぼくは、その言葉に絶望した。



マメをなくし、重砲魔姫をも失ったぼくに、勝ち目がないのは明白だった。
それらと共に体の自由と、戦意をも失ってしまったぼくは、
もうどうにでもなれと、されるがまま、1箇所だけ残っていた部屋の壁に
体を押し付けられた。

「マメを使わないにしては、よく頑張ったほうだと褒めてやろう」

「褒美に、お前の命、この“金棒”で奪ってやるとしよう。
 頭か、胸か、どちらを突いてほしいか選ぶといい。フハハハハ!」

鬼がなにか言っていたが、ぼくの耳には既に何も聞こえていなかった。
ぼくはここで死ぬのだ。覚悟こそできていたが、実際にそれが目前に迫ると、
やはり恐ろしくてならなかった。
そうだ、ぼくはこのまま、沢山の犠牲を出しながらも、誰も守れずに死ぬのだ――



どうせ死ぬなら、最後に好きな思い出で頭を満たして死にたい、と、
そんな考えからぼくは、単四ちゃんの顔を思い出していた。

海に浮かぶ月を2人で見たこと、
膨張して瀕死の単四ちゃんを必死で病院に運んだこと、
彼女がアルカリからニッケル水素電池の体に生まれ変われたこと、
「アルカリちゃん」と呼ぶクセが抜けないぼくと喧嘩になって、
最終的に「単四ちゃん」と呼ぶ、ということで互いに妥協したこと。
以前、ぼくが彼女を助けたときのように、彼女がぼくのことを
助けにきてはくれないか、などという甘えたことは考えないようにした。

単四ちゃんは、今年はぼくが鬼から金棒を守る役目になったと言ったとき、
どういう顔をしていたっけ?いつものように、笑っていたのだろうか。
金棒守護という責務のプレッシャーに耐えるのが精一杯で、
ぼくは彼女の顔をちゃんと見ていなかったのだ。彼女は気丈に振舞って、
冗談の1つも飛ばしていたが、その声は震えていた気がする。

「さあ、頭を微塵に吹っ飛ばす、10秒前ー!」

最後に会った彼女の顔を、ぼくは見てすらいなかったのか?
思い出そうとしても、気が動転しているのか、上手くいかない。
自分のおろかさにつくづく悲しくなった。


「9ー8ー!」


“じつはぼく、こんどのセツブンで金棒を守る役目をもらって……”

死を直前に、あの日の記憶がより鮮明に蘇ってくる。


「7ー6ー!」


“へぇ、Muggyが?大丈夫なの?わたしも一緒に手伝おうか?
 鬼がきたらサンダーボルトをお見舞いして、守ってあげる”

おどけていたけれど、単四ちゃん、どういう気持ちだったんだろう?


「5ー!」


“大丈夫だよ、単四をキケンにさらすわけにはいかないし、
 ほら、マメもこれだけあるからね!1人で充分だぜ!!”

“Muggy、鬼が来る前にぜんぶ食べちゃいそうで心配だよ”

全く、その通りだ。彼女の読みはいつも鋭い。


「4ー!」


“あ、そうだ、もしもそうなったときのために、イイコト教えてあげる。
 知ってる?地球の磁場って年々弱くなっているんだよ。
 あと2000年ぐらいしたら、ゼロになっちゃうんだって”


「3ー!」


“それがどうしたのさ?”

“黙って最後までききなさい!
 それからね、サザエさんのエンディングの歌詞ってあれ2番なんだって。
 あと、カスピ海って海って書くけど湖なんだよ”

彼女、なにを言ってたんだろう?


「2ー!」


“単四ちゃんそれ、何を言ってるのさ?”

“ちょっとしたおまじないだよ。
 Muggyが鬼と戦うとかで、ピンチになったら思い出してほしいんだ。
 それからね、あと、キツツキってさ……”

ぼくの脳に電流が駆け巡る!
こんな衝撃は、後ろから放電されたとき以来だった。
そうか、そういうことだったのか……


「1!!!」


「ちょっと待て!!!」

回想を終えて現実に目をやってみれば、ぼくを殺すカウントダウンの
大合唱が聞こえたので、あわてて制止した。叫んだあとで、
そんなコトで待ってくれる相手じゃあない、と思ったが、
鬼たちはおとなしかったぼくが突然叫んだことに驚いたのか、
ピタリと静かになった。

「なんだ、今更?やっぱり怖いんじゃねえか!
 でもな、もう、お前を助けてなんてやれねえんだよ!!」

他の鬼たちも口々に、ぼくに罵声を浴びせたが、黙って待った。
……まだだ……待つんだ。
鬼たちはひとしきり悪口を言い終わるとやがて静まった。
目の前の鬼が金棒を構えなおす。
……今しかない!ぼくは残る力全てを振り絞って叫んだ。

「知ってるか?キツツキって、木をつついて出る音で、
 求愛したりするんだぜ!」

鬼たちはぽかんとしていた。
ぼくが自信満々に言った言葉の意味が、理解できていないようだ。
鬼が口を開かないうちに、さらにぼくは言葉を続ける。

「電気ウナギって、体の80%が発電のための器官なんだぜ!!」

「キサマ、何を言って……ぐふぉ!!?」

ぼくをつかんでいた鬼が、ふいに血を吐いて苦しみだした。
ぼくはその隙にすかさず、鬼の手をほどいて床に飛び降りた。

「ガラスって液体なんだぜ!!」

別の鬼の首が飛んだ。

「クロゥズドクロスのシン・バツの森って、
 「sin&バツ」で罪と罰、「神罰」、真・罰で本当の罰、という、
 トリプルミーニングなんだぜ!!!」

「ぐあああああ!!!」

周囲に居た鬼たちは石化し、ガラガラと崩れて落ちた。

「キ、キサマ、何をしたッ!!?」
金棒を持った鬼が叫ぶ。


「気づかないのか!?彼女が授けてくれた最後の武器!
 これは……豆知識だ!!」

「ぐっ……しまった!!」

鬼は片手で耳をふさぎながら、棍棒を振り回して襲い掛かってきた。
ぼくはそれを素早くかわし、豆知識を放ち続ける。

「紅茶とか緑茶って、違いは茶葉じゃなくて製法なんだぜ!!」

金棒の魔力で守られているのか、他の鬼よりも格段にしぶとい。
体中に小さな切り傷を作りながら、尚も鬼の攻撃は休まることはなかった。

「小癪な!黙れ、黙れ!!!」

鬼は髪を振り乱してぼくめがけて金棒を振りまくっていた。
ぼくがかわすたびに、それは部屋の何かしらを強く打ちつける。
ある時はトランプタワーが崩れ、
ある時はトーテムポールがバラバラになり、
ある時は机の上のびよんびよんがつぶれた。


どれもお気に入りだったが、気にしている暇はなかった。
単四ちゃんが教えてくれたものでは足りなくなってきて
豆しばが言っていたやつも使っていたが、豆知識のストックも減ってきたのだ。
金棒をなんとかしないかぎり、このままでは結局負けてしまう。

攻防の末、ぼくは瓦礫の山を背後に、追い詰められてしまった。

「てこずらせやがって……!!」

鬼が、ズタズタになった金棒を振り上げた。今度こそ終わりなのか?
ここでこの鬼を逃がしたら、来年から、鬼は豆知識にも気をつけるだろう。
単四ちゃんの助言をも、ぼくは無駄にしてしまったのか?


“もしこのおまじないもダメだったら……そうだなあ、
 ほらっ!”


単四ちゃんの、まぶしい笑顔が頭の中を過ぎった。
そうだ、彼女はあの日も、こんな顔をしていた。
……していた、というか、「した」のだ!ぼくは全てを思い出した。

豆知識を一通り披露し終えた単四ちゃんは、
突然、俯くぼくの顔を両手でつかみ、前を向かせると、
無理やり自分の顔を近づけたのだ。


“離してよ、痛い……っていうかなにやってるのさ?さっきから!”

“動かないの!よく見て、
 鬼に負けそうになったら……ほら、こう!”

そうだ、あの時、単四ちゃんがあんまり顔を近づけるから、
ドキドキして頭に血が回ってなかった――だから思い出せなかったんだ!



「うおっ、まぶしっ!!」

咄嗟に笑顔をつくったぼくを見て、鬼はのけぞった。
作り笑顔は苦手だったが、彼女のことを考えて、ひたすら笑った。

「キサマ、鬼が笑顔に弱いなどとどこで知って……うう、やめろ!!」

鬼はひるんで、両手で顔を覆った。金棒が落ちて、転がっていく音を、
ぼくは聞き逃さなかった。

この技は結局、鬼をひるませる程度でしかない。
現状でトドメを刺すには、やはりマメしかないのだ。
しかし次に豆知識を言おうとすれば、笑顔は崩れる。
チャンスは一度きりだ……!!

鬼が慌てて金棒を拾いに行く前に、ぼくは最後の豆知識を叫んだ。





「グリム童話って、実はけっこう血なまぐさいんだぜ!!」





「……フ、フハハハ!!」

鬼は豆知識を聞いて一瞬硬直したが、やがて高笑いをはじめた。

「笑顔でスキを作り、金棒を落とさせ、豆知識で仕留める……
 いい作戦だったが、残念だったな!

 俺はその豆知識は、既に知っていた!!」

鬼は勝ち誇った顔で、こちらに近づき、再びぼくの首をつかんだ。
金棒を拾いに行けばぼくに逃げられてしまうリスクがあるし、
金棒がなくてもぼくを殺すことは、この鬼にとっては容易なのだ。

「フハハ……万策尽きた、という顔だな!もう笑うこともできまい!
 さっき彼女がどうとか言っていたが……
 キサマが死んだらそいつは、さぞや悲しむだろうなあ!
 俺はそういう顔を拝むのが大好きでね!
 グワハハハハハハハ!!」

鬼は、鬼の首を取ったかのような態度だ。
非常時ながら、そんなことが頭をよぎった。





「……なに勘違いしているんだ、まだ続きがあるんだぜ!!」

「なんだと?」

「グリム童話って実はけっこう血なまぐさくて……
 嫌な奴とか悪い奴とか、色々いるけどな……」


鬼はぼくを掴んだまま、青い顔で金棒の元へ走った。
しかし、一度ぼくのほうに近寄ってきて、金棒から遠ざかっていた今、
鬼が今から金棒を取りにいったとしても、もう間に合わないことは明白だ。
ぼくは深呼吸し、耳を塞いでも聞こえるように、
そして、単四ちゃんのところまで届かせるつもりで叫んだ。



「自分の嫁を傷つけた男は……
 ただの1人もいないんだぜ!!
 単四は泣かさせない!」



「ぐわあああああああ!!!!」



鬼はそれこそ町中に聞こえそうな悲鳴を上げ、
体中から血を噴出して、のた打ち回った。
部屋の椅子や机や民族衣装のマネキンを次々なぎ倒すと、
やがて動かなくなり、小さく爆発して粉々になった。



単四ちゃんに甘える考えは捨てようとしたが、
結局、ほとんど全て単四ちゃんに助けられる形になってしまったな。
そんなコトを考えながら、ぼくは瓦礫の山の上から、
部屋の残骸と散らばった鬼の破片を見下ろし、それから空を見上げた。

いつか見た満月が出てはいないかと期待したが、
残念ながら、2月3日、セツブンの月は少し欠けていた。
それが単四ちゃんの笑った口元と重なって見えて、
ぼくは静かに、彼女を真似て笑顔を作ってみたりした。




おわり
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