壁にかけてあるコルクボードの裏だとか
本棚やら、勉強机の後ろだとか
ベッドの下、屋根裏、引き出しの中。
ふだんぼくたちの視界に入らない場所。
そういった空間すべて。
ぼくたちは、そこは偶然、物があって見えないだけで、
その後ろには当然壁が続いているだとか
いつか置いた荷物が置きっぱなしになっているだとか
そんな風に、当然のように考えております。
しかしそれら場所、観測する者のいない空間という所には、
全て、そう、例外なく。
一見見えない裏側に住むという、裏側人間の世界があるのです。
シュレーディンガーの猫、というのがありますね。
ここでは詳しいことは説明しませんが、簡単に言えば、
箱の中にいる猫が生きている状態と、死んでいる状態とが
同時に存在するという考え方です。
この場合、猫という観察者がいるので、箱の中に裏側人間は
存在し得ませんけれど、たとえば箱をパタと閉じたとき
車のボンネットを閉めたとき窓のカーテンを閉めたとき
その中、その裏では、あたかも今までずっと存在していたかのように、
裏側人間が現れ、生活をはじめているのです。
そんなもの、観測者がいない以上、実在するなんて分からないじゃないか。
という意見もあるかもしれません。確かに、そうです。
ぼくたちがいくらポスターをめくっても、家具をずらしても、
その瞬間に裏側人間の世界は滅び、元々隠れていた空間が姿を現すため
その世界を見ることは、できません。
しかし、裏表の関係にあるぼくたちと裏側人間は、何らかの拍子に
入れ替わってしまうことがあるのです。
そうしてこちらの世界へやってきた裏側人間たちのおかげで、
ぼくたちはこの事実を知ることができます。
裏側人間の世界は、ぼくたちの目の届かないところに、
ぼくたちの目がとどかない間だけ存在する、束の間の世界です。
しかし、裏側人間にとって、それはこちらの世界にも言えることだそう。
彼等が壁掛け時計の裏から、タンスの裏から、車の下から、
それらをちょっとずらして「のぞく」だけで、
ぼくたちが裏側を見ようとしたときと同じく、こちらの世界は
死に絶え、きれいに消えてしまうのです。
あなたのそばで、触ってもいないのに引き出しが開いたり、
壁のポスターがチラリとめくれたりしたら……。
そこから好奇心の、いたずらな瞳がのぞく前に
いそいで塞いでしまうか、こちらから暴いて、むこうの世界を
滅ぼしてやるしかありません。
[4回]
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